やっとかめだなも~!っと他に名古屋弁を知らない空腹です![]()
20日よりナゴヤドームで始まりました『妖怪フェスティバルinドーム』。2008年妖怪の夏を共に盛り上げる、わたしたちの『妖怪まつり』とはいわば兄弟MA・TSU・RI♪
妖怪ストリートの面々も登場した初日、わたくしはといえば、オープンニングを飾るスペシャルイベント、荒俣宏先生、京極夏彦先生が、韓国の民族舞踊団・サムルグァンデを迎えてお贈りする『世界妖怪サミット』に突入してまいりました!
まずは、サムルグァンデの演奏からステージはスタート!鐘・銅鑼・鼓(?)・太鼓四つの打楽器の奏でる超速のリズムが、響きあい混じりあって、ドームに木魂します。
続いて、世界妖怪会議にも出演の『怪』編集長・郡司聡さんの司会進行で、荒俣先生・京極先生のトークがスタート。
サムルグァンデの演奏について、荒俣先生が
「音楽や踊りなど、とんでもないものを見ることで、妖怪との回路が開くのが第一ステップ。今のサムルグァンデはまさにそれ」と語れば、
「サムルグァンデが使う銅鑼の音は、自然には存在しないので、最初に聴いた人は驚いただろう。知らない世界を開いてくれる音楽は、言ってみれば妖怪です」と京極先生。
荒俣先生は、続いて妖怪との交流の第二ステップについて、
「ばさら・かぶきものもの、奇人変人になること」と語り、能や歌舞伎などの芸能の由来に話が及ぶと、京極先生は
「目に見えないものを舞台に登場させたことが、死んでからも人間の体があるという幽霊の概念のはじまり」と、その発明が画期的であったことを指摘し、見えないものに形をあたえることが妖怪であるという説を披露します。
江戸に入ると、博物学が勃興し、妖怪に対して「触りたい」「解剖したい」という気持ちが芽生えてきたと荒俣先生。それがたくさんの妖怪画や妖怪のミイラを産み出してきたと指摘します。
京極先生は「こうして妖怪が見えるシステムを作り上げてきた日本人は、一億総シャーマンではないか。暴走族はゴロツキ(御霊憑き)、テレビでは心霊番組、写真を撮れば心霊写真、野球をやっているドームで妖怪イベント(笑)」と語り、こんなに手軽におばけにふれあえる国もない、日本はおばけにとってこの世の楽園ではないかと、対談を結びました。
続いて、サムルグァンデさんたちが登壇し、楽器や演奏について解説をします。
使われる楽器には意味があり、「ちいさな銅鑼は雷、おおきな銅鑼は風、両手で演奏する太鼓は雨、太鼓が雲」をあらわすそうです。農楽であるサムルノリは、雨乞いや、逆に長い雨が続いたときに、祈願するために演奏されるそうです。
演奏中には、その打楽器から産み出される倍音が積もって、自分たちが演奏していない音が出てくることもあり、時には実際にない楽器の音や、手拍子が聞こえてくることがあるとか!
「本来は、最後に観客のみなさんを舞台にまねいて、最後は一緒に踊るのですが、今日は静かなお客さんですので(笑)」とサムルグァンデさんが仰ると、やおら荒俣先生
「絶好の観客がいらっしゃいますよ!」と観客席を指差します!
「あれ、水木さんじゃないですか!?あ、やっぱり水木先生!」
拍手と歓声に包まれて、水木しげる先生登場!
舞台に上がって水木先生、長生きの秘訣を語ります。
水木「寝ただけ、人は長生きします。誰に教わったわけでなく、3つか4つからずっとやってた。祖先の霊的なものがおしえてくれたのかも。
小学校1年のころも、学校に行く時間に起きずに、2時間目から学校にいく。兄弟は先に行くので、食べ残した朝食は全部自分が食べたので、まるまると太っていた」
京極「それはゴロツキですね!?水木先生はやはり生まれたときから妖怪だった!」
ニューギニアでの終戦時、ほんとうは現地に残りたかったという水木先生。
水木「あんなに人間が生き生きするような環境はちょっとないんじゃないか。酸素の供給がぐあいよくいきわたり、幸福に満ち満ちている。で、現地除隊するって騒いだんだ。
でも軍医に、一回帰って、奥さんの顔をみてからでと諌められて、仕方がないって帰って来たら、こんどはマッカーサーがダメって」
京極・荒俣「マッカーサー!(笑) 軍医とマッカーサーがいなければ、ゲゲゲの鬼太郎はなかった!マッカーサー、よく止めてくれた(笑)」
最後にサムルグァンデの、今度は激しい踊りを伴った演奏を聴きながら、名古屋の夜は更けて行ったのでした・・・
さてさて、水木先生登場というサプライズがあった『妖怪サミット』も終わり、いよいよ24日には『世界妖怪会議』!!!残念ながら水木先生はお越しいただけませんが、こちらもスペシャル映像や、ゲスト水木悦子さんのお話など盛りだくさんで、面白さでは負けていないですよ~
期待してもええやないか~い!!!![]()










